
草原を渡る風にハーブのような爽やかな香りがふわりと混じる。足元には白や水色、紫の花が次々と顔をのぞかせる。草原を歩くコースは、南アフリカのジャイアンツカップやパタゴニアのパイネ国立公園など、これまでにも歩いたことがあるが、足元から立ちのぼる草の清涼な香りは、これまで歩いたどのトレイルとも違う体験だった。子供が生まれてから海外トレッキングから遠ざかり、国内でのハイキングを重ねてきた僕らだが、モンゴル旅行の計画中に、済州オルレの姉妹路「モンゴルオルレ」の存在を知った。ツアー会社に専門ガイドを手配してもらい、家族5人で第2コース「チンギス山コース」を歩いてきた。
トレッキングの概要
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 日付 | 2026年8月15日 |
| 場所 | モンゴル・ゴルヒテレルジ国立公園 モンゴルオルレ第2コース「チンギス山コース」(逆回り) |
| メンバー | 家族5人+現地サポートガイド+モンゴルオルレ専門ガイド |
| 距離・時間 | 実測(GPS)約14km・行動時間4時間20分 |
💡 モンゴルオルレは、韓国・済州島発祥のロングトレイル「済州オルレ」の姉妹路として2017年6月に開通。済州観光公社とウランバートル市の協力によるもので、日本の九州オルレに続き海外では2番目のオルレとして誕生した。モンゴル国内には全3コースが整備されており、第1コース(ボグドハーン山コース)はウランバートル近郊、第2コース(チンギス山コース)と第3コースはゴルヒ・テレルジ国立公園エリアに位置する。
トレッキングの記録
「カンセ」を起点に歩き始める
出発地点には、オブジェ「カンセ」が立っていた。日本のオルレコースをいくつか歩いたことがあったので、見覚えのある姿に子供たちは喜び、ここで記念撮影をしてから歩き始める。この日は僕ら以外にも、韓国から来た15名ほどのツアーグループ、地元モンゴルの小学生くらいの子供たち20名ほどの団体も出発していて、意外にも賑やかなスタートになった。

今回は正式なコースとは逆回りで歩くことにした。専門ガイドさんいわく、逆回りだと序盤から登りが始まる代わりに、後半は平坦になる。「体力があるうちに登りを片付けておいた方が、小さい子供には楽ですよ」とのこと。1歳半の長男を抱っこ紐で前抱っこし、8歳の長女と5歳の次女は元気よく登り始める。歩き出してすぐ、風にふわりと乗ってくる、爽やかな草の香りに気づいた。足元にはヨモギの仲間やタイムなどがたくさん自生していた。

オボーからの絶景と安全祈願
子供たちは、モンゴルらしい雄大な景観よりも、足元に咲く花の方がお気に召したようだった。可愛い花を見つけては摘み、小さな花束をせっせと作っている。1歳半の長男は、さくらんぼのことを「ボンボン」と呼ぶのだが、赤くて丸いものは何でも「ボンボン」認定らしく、ワレモコウを見つけては「ボンボン!」と嬉しそうに握りしめていた。紫の穂を揺らすアザミや、エーデルワイスの仲間であるウスユキソウの白い花も、道端のあちこちに点々と咲いていた。白くて丸いキノコも生えていて、ガイドさんに尋ねると、これを煎じて馬の傷の手当てに使うのだと教えてくれた。



スタート地点の標高は約1,300m、コース最高地点は約1,600m。スタートから4kmほど歩いたところで最高地点に到達する。登りきると視界が一気に開け、モンゴルの平原と山々のパノラマが広がった。最高地点には石を積み上げた「オボー」と呼ばれるケルンがあり、ガイドさんの案内で、オボーの周りを3周しながら石を積み、旅の安全を祈願した。


オボーを過ぎればあとは下り基調。放牧された馬や牛を横目に見ながら歩く。滑りやすい箇所では長女と次女が自然と手をつないで、仲良く下っていった。下りきった先には「チンギス21」というツーリストキャンプがあり、ガイドさんが事前に手配してくれていた昼食をとった。トランポリンとビリヤード台があり、食事が運ばれてくるまでの間、少し疲れが見え始めていた子供たちも遊びに夢中になって、体も気持ちもリフレッシュできたようだ。ちなみに、コース上でトイレが使えるのはここだけ。それ以外の区間は、岩陰を借りる「青空トイレ」スタイルになる。
出発の際には、キャンプのスタッフの方が牛乳を空へ向けて撒く儀式をしてくれた。遠くへ旅立つ人の道中の安全を祈る、モンゴルの伝統的な風習なのだという。



トール川での石投げ
昼食を終えると、しばらくは平坦で少し単調な道が続いたが、やがて川沿いにたどり着いた。この川は全長800kmという「トール川」で、テレルジ近郊を流れたのちウランバートルの南側を通り、オルホン川に合流して、最後は北極海まで流れ着くという。川沿いにはテントを張って夏を過ごす地元モンゴルの人たちの姿もあった。ガイドさんによると、今では遊牧の生活から離れた人たち(ウランバートルの都市部にはモンゴルの人口の半分ほどが暮らしているという)も、夏になるとこうして広大な草原でキャンプをして、短い夏を満喫するのだという。この辺りにはヤクの姿もあり、垂れ下がった長い毛はニットなどの原料になる他、「ヤクのウルム(乳を煮詰めて作るクリーム状のバター)はとても美味しい」という話を教えてもらった。
トール川では、子供たちが、石に水で願い事を書いて川に投げるという独自の遊びを始めた。長女は、通っているスイミングスクールのクラスの飛び級を願っていたらしい。後日談だが、帰国後見事成就した。トール川の石のご利益だったのかもしれない。



平原を歩いてゴールまで
ここからゴールまでは、ひたすら平坦な草原の道が続く。実は次女は、モンゴル旅行の後半あたりから少し体調が下り気味で、いつもは食欲旺盛なのに、この日の朝食も昼食もあまり箸が進んでいなかった。トール川を過ぎたあたりから疲れがどっと出てきたようで、妻と手をつなぎながら、二人三脚のようにしてなんとか歩を進めていた。
このまま最後まで歩けるだろうか、そう思い始めた頃、向こうから一台の車が近づいてきた。旅行全体の移動をサポートしてくれているドライバーさんが、僕らを気にかけて迎えに来てくれたのだ。長女は最後まで自分の足で歩き切りたい様子だったので、僕とガイドさんと一緒に歩き続けることに。一方の次女は「弟がもう歩けないから」という理由(笑)をつけて、妻と長男の3人で車に乗り込みゴールへ向かった。

ここからゴールまでの道は単調で、長く感じたため、次女の判断は正解だったようだ。
自分の足で歩き切った長女は、ゴール地点で再びオルレのオブジェの前で、ガイドさんと一緒に記念撮影。足はもうくたくたのはずだが、その表情には確かな達成感があった。

歩き終えて
モンゴルは、雄大な景色がどこまでも果てしなく続く国だ。車窓から眺める草原だけでも十分に雄大で、モンゴルの大地を感じることができる。絶景ポイントで車を降りれば、これまで見たことのない景色に圧倒されることもある。それでも、自分の足でモンゴルの大地を歩くという機会は、そう多くはないのではないか。たとえ10キロ余りであっても、自分の足でその大地を歩くことでしか得られない体験があった。旅と組み合わせてトレッキングを楽しむ、僕らが大切にしてきた旅のスタイルの魅力を、あらためて実感させてくれた一日だった。




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